「たらちねの 母が吊りたる青蚊帳を すがしとい寝つ たるみたれども」 


・・・習ったのは中学の時だったか 。好きな歌だった。

20代の前半にたいそうな恋煩いをして、食べ物も喉を通らず、仕事も手につかなくなるという事態が起きた時、それを見抜かれて、堰を切ったように泣き崩れた私に一晩添い寝をしてくれたのが母だった。

賢くさばさばとした明るい性格で、包み込むような母性とはおよそかけ離れた、父親のような人だった。
幼い頃から抱きしめられるという育て方はなかっただけに、背を撫でられながら泣きじゃくり眠ったその夜は忘れていない。

 
その母も年をとり、癌の進行は止められず、まるで爪楊枝のように細く細くなった。

「私が居たら大変だね。」一日の時間の流れさえ時に解らなくなったもうろうとした頭で、母は眉を八の字にしてすまなさそうに私に言う。

「そんなことを言われたら、私の方が困るなあ」と笑う私の目を見て、母は一層、まるで悪い事をしでかした子供のような顔をする。
「ほら、笑お、笑お!!」
私が努めて口角を上げ、声を出して笑うと、やっと困ったように笑い返してくれる。



すっかり50才を過ぎた大人の私でも、時に胸を痛め、抗えない事象に平常心を保てないことがある。

どんなに心をえぐられることがあろうとも、当たり前だが添い寝をしてくれる母はもうない。



 「たらちねの 母が吊りたる青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども」


母もきっと まだ、子供のために何かしてあげられる自分でありたいと思っているのだろう。