Riccoのりんご生活

lyrical農家生活 ☆ 今日はどんな事が起きるかしら?

2011年03月

○ 眠れない
○ 不安で胸がザワザワする
○ 涙が出る
○ 食欲がない
○ 落ち込んで無気力になる
○ 集中力が無い
○ 「何かしたい」と思い、目的もないのに動きまわる
○ 人と話していても話が耳に入らない、もしくはイライラする。


ここ数日、これらの項目の相当数にマルがついたならば、
それは 「異常な出来事が起きた時に起こる正常な反応」 なのだそうです。

そしてそれは、自分自身が異常な出来事を体験していなくても、
情報や映像に連日接していることで
「疑似体験」・・・として心に大きなダメージを受けることがあるそうな


新聞を読んでいて、「あ・・・・これ・・・・私だわ・・・」と思う方いませんか?




実際に大きな打撃を受けた人が何万といるというのに、

被災地から遠く離れた自分がトラウマになって、心が萎えてしまっては、
誰かの助けになる事ができないどころか、
今、自分ができる事さえできない・・・です。


そして、それは私でありました。
スクールカウンセラーの先生のお便りの項目はほとんど私に当てはまりました。


自分を追い込むのはやめよう
少なくとも私の息子は無事なんだ。



私には心にひとつ、後悔がありました。

人が聞いたら、「そんなこと?」と、きっと笑われるような事かもしれません。

先月末に、就職活動のため、2日間だけこちらに長男が戻ってきていました。
私は予定していたお米の配達日も重なり、他にも用事があったりして
私が唯一してあげる事ができる、食事・・・を思うように作ってあげられませんでした。

息子が帰る日、せめてピザjくらい・・・とピザ生地、ソースを作り、焼くだけにして
早朝出かけました。
ところが、3年間家を離れていた息子はオーブンが上手く使えず、帰りのJRは午前中で時間も無く
結局彼は何も食べずに家を離れたのです。


私の心の恐怖は、その食べさせられなかった朝ごはん。

無事だったというのに
手の届かない所にいるというだけで、
まるでもう2度と会えないような、もう何も作ってあげられないような妄想に取りつかれました。


私の息子は無事なんだ・・・
被災どころか、生活にひとつとして不自由のない私がこんなことでいいわけがないです。




実を言うと、今日は夫のライヴがありました。 
音楽仲間のグループにベースのサポートでの演奏です。

帰省している二男と見に行くことにしていましたが
久しぶりに鏡を見たら、農作業があるとはいえ、髪はバサバサ、顔色も冴えない
お化粧さえおざなり(そもそもあまりしないのに)、
服装もずっとスウェット。
10歳くらい老けた気がしました。



つけっぱなしのラジオを消しました。 
気持ちがどうしても「ごめんね」って言ってます。


自分を追い込むのはやめよう。


仕事を二男に手伝ってもらい、早く切り上げて、
久しぶりにおしゃれをしました。

今回ライヴで歌う、バンド仲間のAki☆ちゃんが、
職場のお店で買ってくれた白い、いかにも春なスカートがあります。

スカートなんて、就農以来、冠婚葬祭、入学、卒業式くらいしか着なくなった私です。

白いスカートに合わせる服を選ぶのに40分以上はかかりました。

お化粧も、ちょっと丁寧にしました。

春の靴を出しました。


単純ですが気持ちが少し明るくなりました。


ライヴはとても素敵で、夫も少ない練習量ながら頑張ってました(笑)



私が被災地のために出来る事を見つめ直すため、息子が元気で帰って来るまで
その日のために自分も守っていこうと思います。




ブログは地震関連が続くと思いますが・・・(苦笑)





お米配達日が近いので、今日は午後から精米してました。
  (精米とは、皮をかぶった茶色の玄米の表面を削って白くする事です。念のため

夕食後も精米作業をしようと納屋に向かったら、
もう20時を過ぎているというのに外がとっても明るいのです。

そう言えば今日は満月・・・それにしても なんて明るくて大きなお月さま・・・・



納屋で精米機を回しながらラジオを聞いていました。
最近はひたすらNHK第1放送です。
(被災地情報をいち早く得るのは、ここしか選びようがないので)
今日あたりから、この局でも通常番組が戻ってきています。

「お国自慢、町村対抗歌合戦」・・・なるNHKらしい番組の後

被災地の方と女性アナウンサーの対談がありました。


福島県三春町在住、  
お寺の住職であり、芥川賞作家でもある玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さん


三春町は地震で多くの家屋が倒れるなどの被害がありました。
内陸で津波の被害は受けなかったものの、沿岸部の被災者、原発避難者を受け入れ
現在は原発の30キロ圏内ということで、自宅待機を通告されている町です。



穏やかな語りの玄侑宗久さん。

被災者の今を語ります。


ある日突然
その日を境に、人生が全く変わってしまう。
考えもしなかった今、が現実にある。

想像してみる。

パソコンのデータが消えてしまっただけで大騒ぎした自分を思い出します。
そんなどころじゃない。


家は崩れ、流され、
思い出の品も集めたものも、何もかも

家族がいない

それが一瞬にしてやってくる。


東北人は忍耐強いといいます。
人間万事塞翁が馬・・・自然が相手なら仕方がないよと
この状況下で、救援に感謝こそすれ、不平を言う人が本当に少ないのだそうです。


けれども、原発はあきらかに人災です。


放射能の恐怖に若者が次々と町を離れて行く中
なぜか年配の方たちは残ります。
原発の知識を他府県の人以上に持っていながら・・・


「桜が心配だからね・・・・そろそろ花芽をとってやる時期だ・・・」と


三春町は、しだれ桜の名所です。

桜を大事にする、桜を愛する人がたくさんいます。

放射能より桜のお世話が気になる人がたくさんいるのです。


そんな人たちを私は置いて行く事はできませんよ。
玄侑宗久さんは言いました。


あなたの桜はなんですか?
愛しい子供?
家族同然に暮らす動物?



宗久さんは言いました。

今日は、スーパームーンですよ。
近年でもっとも月が大きく見える日です。



ああ・・・だからこんなにきれいなんですね。

月が地球に近かったんだ。


津波が大きかったのは、月が近かったのもあるのでしょうか。
人生万事塞翁が馬・・・


町に人がいなくなっても、今年も桜は咲きますよ。

最後に宗久さんは言いました。

スーパームーンPhoto by Ricco



夜中の納屋は寒かったです。
こんな納屋のような所で、今多くの人が凍える夜を過ごしています。



今、海外、特にアメリカで爆発的に賞讃されているようです。

福島の50人

最悪の状況下の原発事故の現場で、命を顧みず働く50人を
「英雄」と讃えています。


日本人は基本、真面目です。

仕事を大事にします。

私の夫、貴方の夫、
子供が休みに遊園地行きをねだっても、「今日はお仕事なんだ・・・」
仕事の責任が優先してしまう人


嫌だとか、疲れたとか、

そんな理由は仕事を投げる言い訳にならないと思っている人達です。


必死の彼らは今何を思っているのでしょう。
今、この瞬間だってもしかしたら逃げたいという心と葛藤しているかもしれません。

彼らにも家族がいるでしょう。
妻、子供、
いなかったとしても、親がいるでしょう。
友人が、趣味の仲間が、恋する人がいるでしょう。

本人以上に、胸が張り裂ける思いをしているのじゃないでしょうか。


けして特別な人じゃない。


私の夫が、
あなたの息子が
おばあちゃんに席を譲る笑顔の青年が
近所の人の良いおじさんが

その立場だったら、その50人の中にいるかもしれません。


英雄と讃えるなら、その50人に加えて

その50人に、もしかしたらなっていたかもしれない
日本のきっと、多くの あなた です。


だから、きっと私たちは、彼らを英雄と讃えるのではなく、
彼らの家族みたいに
張り裂けそうな気持ちで祈りたいのです。


早く、早く、火が消えますように
早く早く、彼らを普通の生活に戻して下さい。


神様、もう十分です。
私たちは、もうあんな怪物に頼ったりしませんから



被災地の険しい現場にいるレスキュー隊
消防員
自衛隊
ひとりでも多くの命を・・・・お願いします。

そしてそして、本当に気をつけて
家族はみんな、貴方の無事の帰りを待っていますから。



  
   

  
gennpatu
       
    衛星画像です
    最初に爆発した1号機は一番右端しです。

    これは人が作ったものです。
    

長女が就職先の土地で、初めて迎えるお誕生日でした。

いつもなら何か送るのですが
今年は何にも無し・・・・ごめんね。


こんな混乱の中、
東京では品不足・・・・という中にあって
職場の方たちが、お祝いしてくれたそうです。
嬉しいね。
みんなあったかい人達なんだね。



おめでとう


今年の娘の誕生日は、いつもの年より心に沁みます。



被災地の高校生がラジオで言ってました。

「水ってこんなに大事なものだったんだ。」

水が無い事を嘆くでもなく、
水の凄さを発見する若い感性と、温かい気持ちを感じました。


誕生日を迎えられる事


これってすごい事だったんだ。

私も感謝しよう。


明日一日を一生懸命、笑顔で暮らそう。


 

お誕生日の貴方へ
いち早く・・・きっと今年もやって来る、こちらの春をお届けします。

DSCF8417photo by Wolf3





夜半に、二男が大きな声で「メールが来た!」と2階から叫びました。

一昨日、現地の人の情報でやっと無事がわかった
仙台の二男の幼なじみ、T君からのメールでした


携帯はずっと圏外で、 食料も水も燃料も無い避難所で
ろうそくだけの生活をしていたそうです。


「・・・・・・・・やっと少し落ち着きました!
でもトラウマになってしまって、震度1でも恐ろしいです(笑)
交通が落ち付いたら北海道へ帰って元気な姿を皆に見せます!」



何か食べる事ができたのでしょうか
救援物資が届いたのでしょうか
メールの文章はとても元気に見えました。


幼稚園の時から我が家に遊びに来ていた子です。

悲しい報告ばかりが入る中、
T君の、子供の時から変わらない笑顔が浮かびました。


よかったよかった
本当によかった・・・・

おばちゃんは涙腺ゆるいんです。


彼にとって、この経験がけして負だけのものではなくて
より良く生きて行けるための糧となりますように

  ひこうきぐも、上から下に一直線
    薄くて見えにくいでしょうか

SN3R0025

 こうのとり並みに、水やら燃料やら加えて飛んで行けるものならと思います。

 え・・・・ここで農家の私より皆さんへ

 関東方面で、色々モノが不足しているということで、
 お米送って下さい・・・・の注文が入ります。
 私どもはとてもとてもありがたいのですが
 商売っ気がないわけではないので気を悪くせずに聴いて頂きたいのですが
 
 
お米は、現時点で販売店の在庫が切れているだけで、日本にはおもいっきり足りてます。
政府備蓄米、北海道の年間生産量と同じ量の輸入米、
今の消費量なら、3年間は困らない量を抱えています。
どうぞ安心して下さい

燃料や、乾電池、穀物等、日常使うペーパー類

在庫が無いわけじゃないです。物流が止まってるだけ
どこかの勝手な人が、必要以上に買い占めちゃって、お店に無くなってるだけ。

関東は幸いにも、茨城など一部の地域を除いて、少ない被害で済みました。
近々、必ず物流は回復します


それより、自宅でスプラウト(野菜の芽)でも作ってみましょう。
土買って、種買って
意外と簡単に芽が出て楽しいですよ。


関東圏では、いずれ野菜は必ず不足します。
野菜は買い置き出来ないです。
輸入物が復活するかもしれません。
でも冷凍保存はやめましょう。電気止まりますから。家庭で冷凍しても美味しくないですから


水をきれいに使ってください。
お金を出して水を手に入れるより、地元の水を飲める水にして下さい。


東北の人達はまるで戦後の食糧事情です。
でも米一つ送れません。


水も、畑の野菜も美味しかった、土を大事にしていた東北の人達に、
ずいぶんたくさんの、美味しい恵みを、安く貰っていたはずです。


関東に走るトラックを、どうぞ被災地に回してあげてもらいたい母です。

仙台大学に通っていた友人の息子さんが見つかりました
無事でした。
良かった。本当に良かったです。

しかし、彼の居る所は県境近く。あの場所に近い・・・・


自分たちの居る町の情報を得ることさえままならぬ中、
救援物資も人も、まだ届かない郡部や避難所以外にいる人たち
それでも一生懸命生きようとしているのに


・・・・・
原子力発電所の火は消えてくれません。

自ら作ったバケモノが言う事をきかなくなって、自分が食われてしまう。
映画でよくある物語のようです。


でも原発の設置を計画し、建設を決定した当の方たちは、遠くで論議だけしているのでしょうか?
現場で作業している人たちはどんな思いなのでしょうか。



今日、会議がありました。

滝川環境市民会議・・・・という、平成18年から10年間に渡る
市の環境基本計画、行動計画を、評議するものです。
なぜか私も評議員になっています。


メンバーに北海道電力の方もいらっしゃいます。
「この時局、お忙しいのでは?」と尋ねたら、
「ものすごく忙しいですが、無理して来ました!」と笑顔。
いい方なんです。

丁度、福島原発4号機が火災を起こしている真っ只中の時間。

思わず、「福島原発の関係で、泊原発は・・・その・・・稼働するにあたって
反対運動とか大丈夫でしたか?」
なんとも歯切れ悪い質問をしてしまいました。

以前Wolf3さんの書き込みのように、休止していた火力発電もフル稼働で
東北電力へ可能な限り送電しているので、
むしろ反対されない・・・・と言っていました。


そうだよね。

復旧には電気使います。
家を建てる。
道路を作る。
橋をかける。


重機は引っ張りだこですね。

需要がたくさん生まれます。

ちょっと具合が悪くなりました。


具合が悪いと言えば、福島原発30キロ以内で自宅待機の人の中には
恐ろしさと不安のあまり、吐いたり気分が悪くなっている人がたくさんいると、
現地の人がラジオインタビューで言ってました。


今回びっくりした事は

こんな大勢の命にかかわる事なのに、
地震があった当日から、冷却水が入っていかないという重大な不具合が解っていたのに

政府が直接関わっていなかったとうこと。
東京電力と、保安委員会だけが対処していたという事。
他企業にも大学にも助けや協力を求めていなかったということ。


地震も津波もそう。


これだけ衛星通信が発達していて、自衛隊の設備があり、国内に米軍基地もある
宇宙から人の歩く姿さえ読めるという科学技術がありながら

災害後の町の情報が確認されるのがあまりにも遅かった事。


連携というものはなかったのか。
それは口で言うほど簡単なものではないのでしょうか。

情報を得るために、ずっとラジオのNHK第一放送を聞いています。
ラジオは映像が無い分、先入観のない的確な情報が伝わってきて良いです。

今朝、3日ぶり?にこの曲が流れてきました。



「新しい朝が来た。希望の朝だ〜・・・・・・」


小さいころから聞きなれた歌
地震以来お休みになっていた番組でした。

我にかえりました。


地獄絵の中にいる人達も、必死に家族の消息を探す人も
危険な中で救助、復興に携わる人にも
そして相変わらずの生活の中にいる私にも
どんなに悲しくても悲しくても命があれば、朝は来るんですね


此処にも、自分自身にも、いつ何が起こるか分からないです。

今日いちにち、明日いちにち、希望の朝になるよう頑張ろう。


幸せな中にいて、悲観して落ち込んでる場合じゃなかったです。


雨が止みました。

さて、仕事はじめますか


原発・・・・心配です。
同じような気持ちでいる方がいましたら、以下のサイト、Twitter(この度必要があって初めて参加しました
 とりあえず安心材料にどうぞ(私は半分に見てるけど)

原発に関するQ&Aまとめ(・・・・わかりやすいです)
http://smc-japan.mirror.myapp.jp/

Twitter
@hayano

気になる現地の風向きをNASAの観測データなんかを基に
つぶやいています。田舎者の私にとってはグローバルです〜

昨日から田んぼや畑に融雪剤を蒔き始めました。


東北、今回被災した地域は農業、漁業地帯でもあります。
日本の安全な食料を供給してくれるところです。
何十年もかけて耕してきた田畑を元通りにするには1年では厳しいでしょう。
どんな思いでいるのでしょう。


石原都知事あたりは、「地方は東京のためにある!」みたいな
イケイケ発言が多いですが

我が家にファームステイに来てくれた東京の中学生が
なんてことない手作りケーキを 「美味しい!!」 ってほおばりながら
「東京にはもっと美味しいものがあるでしょう?」という私に
「ぜんぜんですよ〜。東京には何一つ原料はないんです。東京は地方で成り立ってるんですよ!」
なんて、マジ顔で言ってくれたことが忘れられません。


日本のみんなが、安全なものを食べられるように

東北の分も、一生懸命作らなくては、と思うのです。



友人の息子さんの安否が確認できません。

宮城県柴田郡柴田町にある、仙台大学に通っています。

津波の被害が大きかった名取市を流れる名取川の下、阿武隈川流域にある海岸より少し内陸に入った位置にある町です。
友人の家にはパソコンが無いので、地震当日から我が家でも災害ダイヤルやパーソンファインダーを使ってなんとか情報つかもうとしていますが、全く町の情報が入ってきません。
大学、町役場も通じません。
どなたか、少しでも情報知っている方お知らせください。




仕事が手につかないです。
今もラジオの電池切れて家に戻ってきました。


今、盛岡の長男と初めて携帯で連絡がとれました。
市内は中心部の主要な建物には電気が復旧しているようですが、住宅や寮は
まだ断たれているそうです。

しかし、昨日は一日、自分の部屋の片づけもろくにしないまま、
物資配給などのボランティアをしていたということ。
ちょっと寝て、また行ってくるそうです。


私、無力です。というか、ただ情報に翻弄されてるだけの自分が恥ずかしくなりました。

このページのトップヘ